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≫ 806.東北地方太平洋沖地震において被災された方々に心よりお見舞い申し上げます
2011年3月21日
■806.東北地方太平洋沖地震において被災された方々に心よりお見舞い申し上げます
まずは先日起きました震災について亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。地震が起きた14:46は都内の職場で仕事をしておりました。その後次第に揺れは大きくなり、少しすれば収まるだろうと思っていても揺れはまだ続いています。4~5分ほど続いたでしょうか。ようやく収まり、上司がテレビを付けてみたら、東北地方を震源とする地震が起きたそうで、ただ事ではない事を知りました。
その後も大きい揺れが2~3回にわたって続き、生きた心地がしませんでした。
職場の全員が無事かつ、建物に異常がないのを確認して18:00まで仕事を続けたものの、先ほどの揺れがまだ残っているような感じがして仕事に集中できませんでした。定時になり、ネットで情報を収集してみると、東北地方で震度7の大地震が起きた模様。またテレビを食い入るように見つめていると、首都圏の鉄道(JR・私鉄・地下鉄など)は全て止まっているので帰りたくても帰れないことが分かり、こりゃ運転再開まで相当かかるなぁと覚悟を決めて待機する事にしました。
運転再開を待つ間に、家族とどうにか連絡が取れて無事だったのを知り、また携帯のメールやTwitterで知人の無事が確認できると、どっとと疲れが出ました。短時間の間に色々な事が起きすぎてもう追いつけない感じでした。
まず20:40頃だったと思います。銀座線が再開し、その間にも次々に明らかになる被害の状況をネットやテレビの画面で知ると言葉が出ませんでした。東北や茨城県には小中時代の同級生が何人か住んでいます。そちらとはなかなか連絡が取れず、安否が気掛かりでありました。
21:55頃になると西武池袋線が運行再開したのを知り、大江戸線も動いていましたので、職場泊りか帰宅がずいぶん悩みました。でも一刻も早く顔を見せて安心させてやりたかったので帰宅する事に。大混雑の大江戸線に乗り、練馬に着いたのが23:45頃。豊島園行を見送って次の飯能行に乗車したのが0:00頃だったように記憶しています。自宅に辿り着いたのが1:30頃でしたので、家族の顔を見るとホッとしてその場に座り込んでしまいました。
その後地下鉄も各線は運転を再開し、地下鉄だけでなく西武も終夜運行をしたと聞きました。運転再開までの点検で大変だったでしょうし、運転士・車掌・駅員など運行に関わる方も自宅や家族の事が気掛かりだった事は容易に想像できます。それでも終夜運転までして運行してくださったことに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
地震や津波による被害が明らかになるにつれて、集落が消えてしまったという画像を見て言葉が出ませんでした。更に地震や津波で福島県内の原発が大変な状況になっている事を知ったのは、地震から1~2日ほど経った12~13日頃だったと思います。その時は地元の西武池袋線は通常通り運行していて、停電の危機がすくそこまで迫っている事は夢にも思いませんでした。
13日深夜、電気の供給量が不足しているとの事で計画停電が実施され、西武は池袋-練馬高野台と西武新宿-鷺ノ宮以外は全て運転休止することをテレビで知りました。自宅最寄り駅は練馬高野台よりはるか西。職場に出勤不可能になってしまい、上司に指示を仰いで14日と15日は自宅待機になりました。
16日は限定的ながらも飯能から池袋まで電車が動くというので、早めに起きて地元駅で待っていると、各停ながらも入ってきた電車を見ると涙腺が緩みそうになって、ひたすら我慢しておりました。何気ない通常がこんなにも有り難いものだったのかと。
17・18日も同様に計画停電が行われた影響で、通常より本数を大幅に減らしているものの、都内まで出る事が可能になりました。また、18日夕方からは準急も運行されるようになり、地震の起きた日と比べると少しずつ落ち着きを取り戻しているようにも見えます。
14日と15日は実際には外出していなかったので不明ですが、16~18日は各停のみというダイヤにせざるを得なかったのは、都心側で8連限界のホームが残っているところもあり仕方なかったと思っております。多分、10連を動かしたくても無理だったでしょう。ダイヤを組んでいる人も、限られた電力の中で1本でも多く動かせるよう努力したと思います。
そんな最中で18日夕方からの準急復活はとても嬉しく思いました。私は小手指以遠のユーザーなので、朝は各停の8連だと池袋に近づくにつれて次第に混み始め、清瀬かひばりヶ丘辺りから激混みになり、積み残しが出ている始末でした。朝だけでも良いので10連の準急または区間準急を運行して欲しいと思った人は私だけではなかったはずです。
次週(22日~26日)のダイヤがどういう風になるかはまだ発表されていないので、何とも言えませんが……一刻も早く状況が落ち着いて通常のダイヤに戻る事を願っております。
そのさなかでひとつ疑問に思う事がありました。今回の地震などで珍しいのが走っているからと撮影してブログなどのネットに画像を上げているのを幾つか見かけたことです。
鉄道的な趣味からしてみれば、後日になってこういうのが走っていたという記録になることは理解できます。でも、利用者の側からしてみればこういう行為は当分の間は控えて欲しいと思います。少なくともネット上で画像を公開したり、撮れた喜びを書いたものを見るのは、正直言ってあまり良い気分ではありません。状況が落ち着いてからでも遅くはないと思いますので、それらの事をネットに書く前によくよく考えて欲しいです。
今回珍しいものが走ったこと自体(池袋線の2+2+4等)、10連が出せないでいるので予備の編成をかき集めて、何とか走行できるようにしたのでしょう。運行担当者の苦労が偲ばれます。
私自身、地震が起きてからは自分の事で精一杯で、今回の連休でようやくネットに繋げられるぐらいの余裕が出来てこの記事を書いています。仕事の多忙もまだ続くと思いますので、少なくとも4月一杯までは更新を見合わせます。楽しみにして下さっている方には大変申し訳ないのですが、何とぞご了承願います。