やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ その他私鉄
2009年6月20日
■720.流鉄向けの新101系姿を現す
先日に流鉄向けの新101系が出場したということで、南入曽車両基地まで行ってみてきました。
自転車で南入曽車両基地の入口に着くと、伊豆箱根鉄道の1301Fの時(No.679)より奥まった方に停められており、撮影には望遠レンズに切り替えないと無理そうでした。
(コンデジだとズーム目一杯?)
まずはE31型を入れて編成全体を撮影。

手前からE31-5001-5101-E34というものでした。

流鉄の5000系(?)をズームで。流鉄標準(?)のNが入ったスカイブルーの塗装となっています。
スカイブルーの塗装と書きましたが、かつて流鉄に入線したもと西武809Fの「流馬」より幾らかは濃く、同じようにもと西武の803Fの「青空」よりは薄い色を纏っています。
流鉄ではもと西武の809Fが2007年11月に廃車になって以来「流馬」の愛称は空いたままですので、流鉄入線後は「流馬」を名乗る可能性もありますが、以外と別の名前になるのかもしれませんね。
この編成は南入曽車両基地に留置されていたことから、恐らく未明に方転を行った後、新秋津22日発の甲種で馬橋へ回送されることになっています。
今回の5000系の種車は恐らく273Fではないかと思われます。269Fは291Fの片割れ(クモハ291)と近江鉄道へ旅立ちましたし、クモハ292は未だに姿を現していないことから武蔵丘かどこかに保管?されている可能性が高そうです。これまでに廃車になった101系の2連を消去法で推測していくと、273Fしか思い浮かばないのです。
現地ではATS装備(西武型→流鉄型に交換)、ワンマン化、その他諸々の整備を経てデビューすることになると思いますが、その時には乗りに行きたいですね。そういえば流鉄にはずいぶんとご無沙汰だなぁ……旧551系の「あかぎ」引退以来かな?
ゆず posted at 23:29 | Category : その他私鉄, 大手私鉄:西武
2009年5月 6日
■702.豊橋鉄道に乗る
ここから当分の間はGW中に乗車した鉄道の事などを書いていこうかと思っています。
最近はまっているのが、携帯のゲーム「ケータイ国盗り合戦」。ちろさんがブログで取り上げられているのを読んで、私も面白そうだなと思いつつ軽い気持ちで登録してみたらどっぷりとハマってしまったという……
今回の遠征は東海地方と近畿内でまだ未取得の地域を重点に回る予定を立てて、東海地方からスタートすることにします。ただ、先の改正で臨時化された「ムーンライトながら」がGWは運転されていない上に豊橋を通過するダイヤになっているため、「ほの国」号で行くことにしました。
んで当日。練馬からバスに乗り新宿を出るまでの間が順調でしたが、この時までGWであることをきれいさっぱり失念しておりました……。GWはどこの高速道路も混雑していますよね。んで今年はETCの休日限定ながらも大幅な割引設定があり、そのためかいつものGWより混雑していたという……。
夜中の2時に海老名SAでトイレ休憩をしたのは覚えていますが、次に目を覚ましたのが朝の5時。携帯のGPSで場所を調べてみたら表示されたのは沼津。思わずがっくりきてまた寝て、ちょっとしたショックで目が覚めたら、豊川ICを降りたところでした。定時なら豊川駅前に着くのが4:59。この時点では9:30頃。約4時間遅れでした。
いつもなら降りる豊橋駅前でも降りず、終点三河田原駅まで乗り通し終点に着いたのは10:30。この時期の混雑をナメてましたわorz
くたくたになりながら下車し、さっそく携帯を操作して「渥美」をゲット。

三河田原の駅舎とここまで乗車した「ほの国」号
三河田原駅舎がどことなく蔵を模しているようにも見えましたが……

三河田原から乗車したのはもと東急7200系の1800系。1997年の昇圧時に名鉄7300系が入りましたが、吊掛駆動で起動加速度が低く、更に2ドア車であったため乗降に時間がかかり3年ほどで置き換わってしまったという経緯がありました。

新豊橋に着いたらこんなのが停まっていました。どうやら茶臼山高原で開催される「「2009芝桜まつり」に合わせて芝桜の花をイメージしたラッピング電車のようです。まったくのノーマークでしたので、新豊橋駅でこの電車を見たときは驚きました。

側面。
この後は小休憩したのちに飯田線のりばへと向かいました。
ゆず posted at 01:36 | Com. [2] | TB [1] | Category : その他私鉄, 国盗り合戦
2008年11月 1日
■679.伊豆箱根鉄道向けの新101系姿を現す
複数の西武系ブログでも取り上げられていますが、昨日(10月31日)に伊豆箱根鉄道向けの新101系が姿を現したようです。同日に武蔵丘を出場し、南入曽車両基地に留置されているとのことなので、本日自転車で南入曽車両基地に行ってみました。
14時頃到着すると、入口付近に止められているのが見えましたので早速撮影開始。手前からE31+1301-1401-2201+E34?となっていました。

遂に姿を現した伊豆箱根向けの新101系。

アングルを変えて撮影してみました。

細部をよく見てみると、スカートが設置されているようです。また、手前の1301号車はクモハとなっており、先頭車化改造をしたとは考えにくいので、旧283Fのユニットの片割れであるクモハ284を種車にしたようです。
クモハ284といえば、3ドア車では最後のAK-3装備車であることが有名でしたが、画像をよく見るとCPが交換されていました。形状から推定するにHB-2000の可能性が高そうです。

先頭車(クハ)。側面には伊豆箱根鉄道の社紋と「2201」がありました。
2201-1401の種車は不明ですが、先に三岐に行った旧235Fのうち1235-235の2両が今までに行方不明ですのでそれの可能性がありそうです。ただ、旧237Fの1237-237の可能性もあるのですよね。
今回の伊賀箱根向けの譲渡車、これまでの伊豆箱根のものと比べると塗装がやや変わっており、白地が多いものとなっています。また青が少し明るいような?ドアもステンレス地肌のままです。車内も外から見た感じではロングシートのままのようでした。参考までに伊豆箱根鉄道の駿豆線は1000系を除く3000系・7000系ともクロスシートを装備しています。
新101系が伊豆箱根に行くことによって、何らかの置換えが出るものと思いますが、予想するに旧701系の1100系のうちの1本ではないかと思われます。伊豆箱根の1013Fは旧735Fの改造で、駿豆線の中では一番車令が高いことからこの編成の可能性があるわけですが、果たしてどうなるのでしょうね?
あと気になったのが武蔵丘出場後南入曽に回送されたこと。三岐向けのは小手指に留置されましたが、この伊豆箱根向けのは南入曽へ向かったことから、5日の新秋津発の甲種までの間に西武内で方向転換の可能性がありそうです。
ゆず posted at 23:52 | TB [4] | Category : その他私鉄, 大手私鉄:西武
2008年9月20日
■661.三岐鉄道向けの新101系姿を現す
昨日の出来事。帰宅途中に知人からメールを受け見てみると、三岐鉄道向けの新101系が出場して小手指車両基地に止められているとのこと。
最初は半信半疑でしたが、小手指車両基地の脇を通過する時に注意してみると、確かにE31形と少し離された位置に三岐カラーの3連と色褪せた2連が止められていました。
最近では283Fと235F・237Fが相次いで運用を離脱、武蔵丘に回送されていますので他の私鉄向けに改造・譲渡されるのかと思っていましたが、それが落成して出場したようです。解体するなら直接横瀬に回送されるはずですし、横瀬で最近解体されたという噂は聞いておりませんでしたので。
んで本日台風一過後の天気の中、小手指車両基地に行ってみると昨夜はハッキリとは確認できなかった三岐カラーの101系がいました。早速撮影を開始することにします。

昨夜見えたE31型はE34でした。もう1両いたはずですが、横瀬に戻ってしまったのでしょうか。

位置を変えて編成全体が入るように撮影してみました。

更に位置を変えて右側から狙ってみます。三岐向けの3連はよく見ると前パンでした。

後方の色褪せた2両が気になったので近づいてみると、[7]のステッカーが貼られていたのでモハ238と判明。

こちらはクハ1238。しかしながら屋根上のアンテナが撤去されており、側面には西武のロゴが貼られたままですので、モハ238・クハ1238は部品取り車の可能性が高そうです。

クハ1238側から編成全体。
今回三岐に行く車両は、283Fと235Fが主のようで、それぞれ車号はクモハ751(→クモハ283?)-モハ781(→モハ236?)-クハ1751(→クハ1236?)となっていました。先頭車改造は行わずに編成をバラすことによって3両編成化としたようです。
側面は上信に行った289F・293Fとは違い行き先表示装置は設置されておらず、ワンマン化も特にはされていないようでした。三岐はワンマン運転だったと思いますので、現地に着いてから改造されるのかな?
その一方で、残りのクモハ284・クハ1235・モハ235・クハ1237・モハ237の動きが気になります。三岐はもと571系の607編成が老朽化しているのでそれの置換えであることは推測できますが、他に動きがありそうなところと言えばあまり思い浮かびません。
701・801系も譲渡されてからそろそろ20年を迎えるところがあちこちで出てきそうです。最初に譲渡されたのは確か伊豆箱根鉄道だったように記憶していますので、次に動きがあるとすれば伊豆箱根鉄道でしょうか?
近江鉄道はもと401系が頑張っているし、流鉄は……「流馬」が引退して以来何も動きがありませんので、こちらも要注意と思いますが、今のところ代替車の予定はなさそうです。
いずれにせよ、これらが三岐での営業運転を開始したら訪問したいと思っています。
ゆず posted at 17:17 | Com. [2] | TB [1] | Category : その他私鉄, 大手私鉄:西武
2008年6月 1日
■619.TX2000系増備車、甲種輸送される
5月31日から6月2日の予定で、山口県の下松から茨城県の土浦まで、つくばエクスプレス(以下TXと省略)の増備車が甲種輸送されました。これは今年秋にTXでダイヤ改正を予定しており、増発が見込まれるために車両が増備されたようです。
今回増備されたのは守谷以北の交流区間にも対応した、交直流の2000系です。TXのリリース(PDF)によれば、今回4編成導入されるということです。今回は車両メーカーのある下松から2編成12両編成が輸送されました。
下松からの牽引を担当したのは、新鶴見?まではJR貨物では唯一の試験塗装をまとった「センゴック」ことEF65 1059。明日の新鶴見から先は恐らく田端のEF81が担当することと思いますが、出勤日なので撮影はムリ。ということで今日静岡県内まで遠征してきました。
……遠征といっても、起きたのが朝の10時だったので西の方までは行けそうにもなかったので、前から気になっていた静岡駅での駅撮り。以前に西武30000系が甲種輸送された時と同じスジ・8862レにTXの甲種も入っていたので、西武38102Fの時(No.562参照)に候補地に入れていたので、今回はそこで撮るのも良いかなと思って。気がついたら、新幹線に乗り込んでいました(爆)
※本当は駅間の走行写真を撮りたいのだけどそこまで時間がなかったorz
静岡駅に着いたのは14時前。目的の甲種が通過するまで40分近くありますが、そこにはもうチラホラとTX甲種狙いと思われる方がいました。撮影位置を決めて、携帯で状況を確認したりしているうちにあっという間に時間が経ち、それはやって来ました。

私自身、1059を見るのは2回目ですが、今回HM付とは聞いていなかったので嬉しい誤算?でした。

後撃ち。
無事に撮影も終わったことだし、さて帰宅しようと思い静岡14:54発の436Mに乗り込み時刻表を眺めていたら、静岡貨物で追い抜くことが分かり、急遽富士で下車して再度撮影することに変更。
富士ではいつものように下りホームの先端に行くと、西武38102Fの時とは違い10人近くはいたような……。これも1059が牽引していたからでしょうか?

1回来たことのあるポイントなので、落ち着いて撮影できました。さすがに12両編成を牽引するのはなかなかに決まっていますね。
富士での撮影を終えた後も15:49発の438Mに乗れば沼津で追いつくので、沼津でもう一度撮影。

ここも20158Fの時(No.103参照)に来たことがあるので、その時を思い出しながら撮影しました。

1059との連結面。

今回の増備車では、前面にスカーレットの帯が追加されていました。これを撮影中に信号が青になり、横浜羽沢へ向けてゆっくりと発車していき、これで打ち止めとします。
その後は東京まで普通列車を乗り継いで帰宅しました。
ゆず posted at 21:56 | TB [4] | Category : その他私鉄
2007年3月21日
■425.鹿島鉄道に乗車してきました
本日は鹿島鉄道に乗車してきました。
つい3日前に土浦まで行ってきたばかりじゃないのか?と思うそこのアナタ。私も我ながら行動力に呆れております(^^;

行くきっかけとなったのは某所の雑談にて。鹿島鉄道では「構内での撮影は禁止しています!」とホームページに出ていることが話題になったことからかな?
どうも常磐線沿線から伸びる私鉄には廃止危機が出てくる頃にならないと乗りに行く機会がほとんど無い様で…(汗)
※日立電鉄や茨城交通など
石岡に着いたのは14時半頃。西武でラッピング車を色々と撮影していたので到着が遅くなってしまいましたが…新秋津から武蔵野線、新松戸乗換えで常磐線、柏から石岡まではフレッシュひたちでワープ。

連絡改札口でフリー切符を購入してホームに入ると、石岡駅構内で撮影者が多く、また注意されている様子がなかったので構内は撮影禁止になっていたはずだが?と思いキョロキョロしていると、石岡車掌区の建物のドアに注意書きが貼られていました。それによれば、
・機関区の見学や構内撮影はお断り
・ホームでは安全な場所から。列車に向けてのフラッシュは厳禁
・線路内(というか敷地内ね)は立入禁止
要するに一般常識範囲内でのマナーを守ればOKらしいですが…

ホーム上から留置されていた車両を撮影して、暫く待っていると来たのはキハ714+602。

キハ714は昔北海道にあった夕張鉄道からの譲渡車で、現在は唯一の非ワンマン車。

キハ602はもとは国鉄キハ07(←キハ42000)として誕生したもので鹿島鉄道では歴史のある車両です。これで鉾田まで向かいました。

廃止まで10日を切ったのと休日のためか乗客が非常に多く、また沿線も撮影者が多かったです。

鉾田では大混雑しておりすぐに戻ったのでは座れないと思ったので1本落として次の石岡行きを待つつもりでしたが、次の鉾田行きに知人が乗車しているというので借宿前駅まで乗り、折り返すことに。

借宿前駅は周りは何もなく、駅前に雑貨屋が1軒あるだけの静かな所でした。


すぐにやってきた鉾田行きの車内で合流して再び鉾田へ。
この鉾田行きは2両での運転かと思ったらキハ501のワンマン単行で、折り返しの石岡行きは大丈夫かどうか気になりましたが、鉾田到着後すぐに出る石岡行きで石岡まで戻ることにしました。鉾田発車時点で激混みになっており積み残しがいつ出るかとヒヤヒヤしていました。運転士氏も駅に到着するごとに「中に詰めてくださ~い」と放送するもののあまり効果は無かった模様。

途中どこだったかは忘れましたけど、あまりの混雑で気分が悪くなり、区間列車が増える常陸小川で下車して次の列車を待ちました。

結果的にこれが正解だったようで、常陸小川始発の石岡行きはガラガラで悪くなっていた気分もどうにか治りました…

石岡に到着すると体調も治っており、いったん改札口を抜けて、駅構内にかかる歩道橋から撮影することに。

右からキハ602+714、601、431+432

折り返し常陸小川行きとして停車中のキハ502。

常磐線ホームにはこんな案内が残っていました。察するに国鉄時代からそのまま残っているモノでしょうか?
鹿島鉄道はこれが最初で最後の乗車となりそうです。ただ、気になったの点が幾つか。
速度が控えめ?で最高でも50km/h、殆どの区間で40km/hしか出ていなかったような。もう少し出せたと思うんだけど速度制限がかかっているのかなぁ…?
鹿島鉄道側でも少ない車両をやりくりして鉾田まで行く列車は2両に増結していましたが、私が石岡まで戻る時はワンマン単行でした。車両運行など色々と厳しいのは理解できますが、少なくとも増結する列車を増やして欲しかったです。
また、乗客が中に詰めないのと先頭部(かぶりつき?)に乗客が滞留し乗降に手間取っていることで遅れが10分ほど出ていたこと。
廃線まであと10日あまりですが、トラブルなく有終の美を迎えてほしいものです。
ゆず posted at 22:31 | Com. [3] | Category : その他私鉄
2007年1月22日
■402.銚子電鉄に乗る
成田線周りで銚子に着いた後は駅前のお食事処でなめろう定食を頂きました。ここではオフ会参加者の殆どがこれを食べていたような(^^;
なめろう定食は「TOMOの鉄日誌」さんに詳しく載っていますのでこちらも御参照あれ。

食事を終えてもまだ時間があったので、とりあえずは銚子駅近くの踏切で撮影をしました。この日はこのデハ1002とデハ801が動いていました。

先ほどの踏切より停車中の姿をデジカメのズーム目いっぱいで撮影してみます。……だけど傾いてた……orz

時間になったので銚子電鉄の出るホームまで移動します。銚子駅の駅舎(というか待合室?)はどこか外国の建物のようでもあります。どの建物をモデルにしたかは忘れましたが…

いよいよ貸切電車の出る時間が近づいてきました。定期列車に併結して貸し切っているので、通常は1両となるものが銚子方からデハ801+デハ701という2両編成で、今回のオフ会一行はデハ701の方に乗り込みます。
一方でデハ801の方にはマリーンズの投手、小林雅英選手が乗車されていました。オフの開催された日に犬吠駅で銚子電鉄サポーターズの発足式がありこれに乗って犬吠駅まで行ったようです。デハ801の方は通勤ラッシュさなかの様な大混雑ぶりでした…

話をデハ701に戻すと、デハ701の前面にはしっかりと「団体貸切」のサボが付いており感激。デハ701とデハ801は総括制御ができないのでそれぞれに運転士が乗務しており、息の合った運転に感心しぱなしでした。

外川駅まではおよそ20分少し。のんびり揺られているとあっという間に着いたという感じです。ここでは折り返し発車までに時間があったので各自思いに撮影を楽しんでいました。

外川駅の側線にはこんな車両が。デハ1001と澪つくし号が留置されていました。デハ1001の方は検査切れを直前にして休車を掛けているようです。

今回乗車したデハ701をじっくり撮影。

デハ701は最近検査を受けたようで台車や車体が綺麗になっていました。銚子電鉄ではサイトから困窮振りが伝えられ、多くの方の支援により無事検査を通すことができました。ですのでこの「18-12 仲ノ町工」という表記を見ると思わず目頭が熱く…

車内の表記です。もと近江鉄道のモハ51で昭和53年銚子へやってきました。
外川からふたたび貸切電車に乗り、釣り掛けサウンドを楽しみながら銚子の一つ手前の仲ノ町に到着
。ここでデハ801を切り離して構内入れ替えをし構内を見学しました。

今回のオフで乗車したデハ701。すっかり綺麗になっていました。

銚子電鉄のシンボルであるデキ3。1922年、ドイツ生まれで銚子電鉄では昭和59年まで貨物で活躍していました。現在は仲ノ町の構内に留置(保存?)されているようです。この日は他にも撮影されている方が大勢いました。

真ん中はデハ702です。これも昭和53年に近江鉄道からやってきたものです。右はデハ301で現在は廃車になり倉庫代用として使用されているようです。
※車庫内の写真はいずれも許可を得て撮影したものであることをここに明記しておきます。

こうして銚子電鉄を各自楽しんだ後は、このデハ1002で銚子まで戻り帰路につきました。銚子電鉄に乗車したのは2~3年ぶりぐらいでしたが、また機会を見つけては銚子を訪れてみたいと考えています。
最後になりますがオフ幹事を務められた痛勤型酷電さん、貸切列車運転などの企画を受け入れていただいた銚子電鉄さんにこの場を借りて深く御礼申し上げます。どうもありがとうございました!

おまけ:銚子から千葉まで乗車していた113系の側面の方向幕が何故か「特別快速エアポート成田」に。これって多客期の1シーズンしか走っていなかったはずじゃあ?